「 志 ふく 堂 」について
はじめに、「 食 」との原体験がありました。
人の健やかで豊かな暮らしにとって掛け替えのない食。
お腹の底から「しあわせ」が湧いてくるような食と出逢えたとき、
その満足感は格別のものです。
人にはそれぞれ、「美味しい」という味覚のみならず五感に働きかけ、
心身ともに満たしてくれるような、「しあわせな食」があると思います。
料理のジャンルやメニュー、食材や果物、スィーツやドリンク、
調理法や食べ合わせ、ソースやスパイスなどなどが
ピタッと自分の感覚に合う食が。
わたし自身もそのようなしあわせな食との出逢いは次第次第に積み重なり、
いつしか心が大きく動きました。
「しあわせな食とのしあわせな出逢いをつくり、たくさんの人たちへ届けたい」
これが、わたしの「 志 」となりました。
志を自覚して行動することで、同志や食に通じた
尊敬する人物たちとのご縁にも恵まれ、
貴重な意見やたくさんの教えを頂けるようになりました。
その中でも、食は前提として十人十色の嗜好があり、
それも心身の状態や置かれた状況によって、
どんどん変わるものだということを教わりました。
少し大げさにいうと、人と食との関係は千差万別で千変万化、
しあわせな食と出逢うということはまさに千載一遇ともいえるのです。
思えば、誰しも年齢やライフステージによって変化し続けているので、
食との関係も自然と変化していくのも当然といえるのではないでしょうか。
つまり、「そのときに出逢うことができた、
その人に適している食だけが、しあわせな食になれる」
という考えに至ることができました。
もしかしたら本当に一期一会となるかもしれない食との出逢い。
そう考えて、自分たちにできるしあわせな食づくりに邁進していきました。
何をつくるかと同時に、どうつくるのか、どう届けるか、誰に届けたいのか、どこまで届けられるのか、などの課題と試行錯誤は尽きません。
そんな中で、それぞれの所属や肩書きを問わず、志を同じゅうする者たちが
ひとつになれる拠り所、居場所となれる名称が必要となりました。
多くの人の集まる建物という意味をもつ「 堂 」のような、
共同で開発ができる多種多様な志たちの集合場所としてのブランドが。
そして共鳴する志たちがここに結集し、
「志ふく堂」ブランドは福岡の地で立ち上がることができました。
こうしてできた「志ふく堂」ですが、
志と堂の間の真ん中に「ふく」があります。
「福=しあわせ」を目指すことは全活動の中心で起点という
揺るぎない思いであり、あえて平仮名にしたのは、
福を筆頭とした万感の「ふく」が込められているからです。
そしてその 要 には、「 三 ふくの 志 」があります。
「福が分かち合える食づくりに取り組み、
腹心から味わえる食の豊かさを探究し、福岡から世界へ届く食の価値をつくる」
この志がいつも「志ふく堂」の原点であり指針です。
どんな時代になったとしても、人が食べることで得られる幸福というのは
普遍のものだと強く感じます。
ちなみに、幸福という言葉の、「幸」にも「福」にも
同じ「しあわせ」という意味があり、どちらも「さいわい」と読みます。
文字の成り立ちから、幸は偶然与えられる受動的なしあわせ、福は
自らの行動によってもたらされる能動的なしあわせと解釈されるのだそうです。
このようなことから、「 至福 =この上ない幸福」は、同じ音の響きをもつ
「志ふく堂」にとって憧憬と同時に永遠の目標です。
こうして最後まで読んでくださった貴方に出会えたことの、ご縁と福いに
心から感謝いたします。
ご一読いただき、どうもありがとうございました。
今後とも末永く、「志ふく堂」をどうぞ宜しくお願いいたします。